”自分の機嫌を取れるイイ女”を目指しすぎた結果【エッセイ】

カチゆるエッセイ


長らく恋活がうまくいかなかった理由をふと考えてみると、相手選び以前に、私はずっと「自分じゃない誰か」になろうとしていたのだと思う。


当時の私は、恋愛と同時並行で“理想の自分”に近付くために無理をしていた。


もっと明るく。
もっと感じよく。
もっと愛されやすく。
もっとちゃんとしていて、
ちゃんと自分の機嫌を自分で取れる、大人の女性で。



SNSでもよく見かける、「自分の機嫌を自分で取れる女性が最高!」みたいな言葉にも、かなり影響を受けていたと思う。



もちろん、それ自体は素敵なことだと思う。
でも私はいつの間にか、それを少し履き違えていた。



いかなる感情もぶつけないこと。
とにかく相手に負担をかけないこと。
空気を悪くしないこと。
=彼にとって、何の害にもならない存在であることが、“良い恋愛”だと思い込んでいた。


その結果、箸にも棒にもかからないつまらん女に成ってしまっていたというのに…。



だから、本当は嫌だったことも、「まあいっか」と流したことは何度もある。
少し寂しいと思っても、重いと思われたくなくて飲み込んだことも。
相手に合わせて、「おや…?」と思うネガティブポイントも、ポジティブ変換してみたり。
(まあ、この考え方自体はとても良いことだと思っているけれど。)



でも、その結果できあがる関係は、いつもどこか“あたりさわりがなかった”。
相手も踏み込んでこないし、自分も踏み込めない。
嫌われない代わりに、強く求められることもない。


本当は余裕なんてないくせに、「大人の余裕がある恋愛」を演じていたから、出来上がるのはただただ薄っぺらい関係性だったような気がする。



しかも私の恋愛は、相手とのコミュニケーションであると同時に、自分改造プロジェクトでもあったからこそ、一人とやり取りするだけでものすごく疲れた。



返信のテンション。
話題の選び方。
距離感。
どう見られているか。



常に「今の自分より、少し良い自分」を演じ続けていた。
少し?いや、かなり?
ほぼ虚像だ。



だから、うまくいかなかった時は2倍しんどい。
ただ失恋するだけじゃなくて、「やっぱり今の自分じゃダメなんだ」という自己否定までセットでついてきたから。



でも、今の夫と出会った時って、自然と自分の中からその感覚が抜けていったのもうまく行った秘訣なのかもしれない。



見た目も性格も、「あ、いいな。」とは思ったものの、正直「この人しかいない!」みたいなビビッときた感覚も、「死ぬほどドタイプ!」みたいな感じでもなかった。



ただ、とにかく自然だった。



メッセージを返す時も、
会っている時も、
“ちゃんと見せよう”としなくてよかった。



無理に明るくしなくていい。
面白くしなくていい。
嫌なことを笑って流さなくていい。



「こんなにいっぱいメッセージ送ったら引かれるかな」とか、「先回りして色々やりすぎると相手のプライドを傷つけてしまうだろうか」とか、相手ベースで考えすぎなくても、「一旦これでいったれ!」とありのままで飛び込めた。



たぶん私は、
「好きになれる相手」を探していたというより、
「今の自分を受け入れてくれそうな相手」
を見つけた瞬間に、恋愛の仕方そのものが変わったのだと思う。



恋活がうまくいかなかったのは、
魅力が足りなかったからじゃない。


自分の魅力に蓋をしたり、すり替えたりして、“自分じゃない誰か”として愛されようとしていたからだった。



でも、そんな気付きも自分ひとりで得られたわけではなくて、夫が教えてくれたこと。
つまり、やっぱり出会いは奇跡であり、タイミング。



うまく行かない時に必要以上に落ち込まないで、「あぁ、今はそのタイミングじゃないってことね!」と、4割くらい楽観視していたのは、ある意味間違っていなかったのかも。

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